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  • パーフェクト・サマー

    数日前の散歩の日、空は気持よく晴れており、気温もちょうどよかった。風はとてもさわやかで、すでに6月の末で梅雨に入っていたのだが、おそらく梅雨の谷間だったのだろう。

    初夏の陽射しとさわやかな風は、かつて関東で経験した五月晴れの明るさと、緑色が濃くなり始めた若葉をそよがせていた気持ちのよい風とまったく同じだった。

    しばらく歩いていたとき、ふと、これはまるで「perfect summer 」だと思った。初夏の陽射しと、それを緑色に照り返す桜並木の枝枝。そして歩道に沿った花壇に植えられた、多様な色と形の草花。

    その日朝早く、大きな地震があった。この日のことは別の記事「地震と台風」にも書いた。早朝の大きな揺れに不安を抱えたままであったが、あまりに天気がよいので散歩に出たのである。

    幸い、わたしの住む街ではそれほど大きな被害はなかった。とはいえ、散歩をしながら陽射しと爽やかな風、草木のそよぐ風景の美しさに心を奪われ、まるでperfect summerだと内心思うことには、どこか気が引けた。

    国内では大雨の被害もあったし、さらなる被害も予想されていた。そればかりか、家に帰ると、南米のヴェネズエラではるかに大きな地震があったというニュースが流れていた。その一報を聞いただけで、相当の被害になるだろうとわかった。

    長引くウクライナの戦争、アメリカ、イスラエル、イランの間の紛争。それ以外にも、世界中から多くの紛争や災害のニュースが流れてくる。

    それを知りながら、自分だけ呑気に散歩して歩き、「ここはまるでperfect summer のようだ」と、心の中でほくそ笑んでいていいのだろうか?そんな思いがよぎった。

    それでも、perfect summer のような天気は、その後2、3日続いた。同時に、日本と世界の情勢の方も、まったく好転する気配はなかった。

    その後、少し暑いと寒いがあった。その間に、あらたにヨーロッパでは、熱波で死者が増えているというニュースが流れてきた。エアコンの普及率が20%なのだそうである。暑過ぎて川や運河に飛び込んで涼を取っているのはよいとしても、それが行き過ぎてしまい死者までも出ている。

    そして、今日7月2日には、九州をはじめとして、線状降水帯や洪水のニュースが流れている。

    やや肌寒く、小雨も降っている今日の天気は、もうperfect summer ではない。とはいえ、夏に入りつつある時期にこれほど涼しいのは、体には快適だ。近くまで歩いて買い物にいき、何枚かの紫陽花(アジサイ)の写真も撮った。

    ふと、昨年観た映画『Perfect Days』を思い出した。

    主人公の平山は、東京で公共トイレの掃除の仕事をしながら、アパートに一人で暮らす。趣味は小さなコンパクトカメラで時折立ち寄る神社などで、季節の草木の写真を撮ること。それと、自宅アパートでのささやかな園芸だ。仕事が終わると、地下街の行きつけの居酒屋で、一人食事をしながら店のテレビで野球中継を観る。

    その映画のところどころで、60年代から70年代の英語の曲が何曲も流れる。エンディングはニーナ・シモンの『Feeling Good』で、朝が来て新しい日が始まる喜びをまっすぐに歌い上げる。

    わたしはこの映画が好きだった。

    主人公とは住む場所も境遇もまったく違うとはいえ、わたしもただ朝日を受けて散歩して草木の写真を撮る。家で妻とちょっとした園芸をしている。トイレ掃除は自宅のトイレだけだが、最近はたまに夜、野球中継を観ている。

    説明などできないし、する気もないのだが、平山の「Perfect Days 」をいつの間にか想起していたのだから、わたしが初夏の十和田市街を歩いて、ふと「perfect summer」 という言葉が浮かんできたことを語ってもきっと誤解を生むことはないだろう。ひとり、そう思うことにしたのである。

  • 地震と台風

    地震と台風

    今朝も、なるべく散歩に行きたいと思っていた。だが、早朝から大きな地震があった。青森県階上町では震度6強もあった。マグニチュードは7.2だったという。 十和田市は震度4だったようだが、揺れは大きく、結構長く揺れた。物が落ちることはほとんどなかったが、階上町や八戸市では、大きな被害があった。

    揺れが治まっても、何だか家がまだ揺れているような感じがした。そして、しばらくの間、疲労感が強く残った。

    落ち着いてから、朝の散歩に出た。昨日は、9000歩以上歩いたあと、体がかなり楽に感じられた。一週間に5万歩、1日にして7000歩以上を歩くことが、健康を維持していくために推奨される歩数だそうである。それに近づくために、今日ももう少し歩数を伸ばしておきたいと思って、夕食後にも短い散歩をした。
    合計で8887歩であった。あと1歩でゾロ目(8888歩)というところであった。

    これは昨日の若葉公園。

    初夏の落ち葉も立派に黄葉することを知った。

    亡くなっている野鳥(おそらくハクセキレイ)を道端で見つけた。複数の野鳥が死んでいたら、鳥インフルエンザ等の可能性もあり、市役所に連絡するべきだと思ったが、一羽であったから、そのまま立ち去った。

    官庁街通りの歩道沿いの花壇は、今とても美しい。昨年よりも格段によくなったように感じる。寄せ植えの花壇がずっと続いており、これを鑑賞する人が少ないのは、じつにもったいない。

    今日の散歩は大きな地震の後でもあり、少し不安を感じながらの散歩であった。また、台風が2つも日本に来ており、それも気になった。

    家に帰ってくると、ベネズエラで今朝の東北の地震よりもっと大きな地震があったようだった。夜のニュースでは、死者が1万人から10万人にまで及ぶ可能性があるという。これには言葉もない。

    このニュースは、わたしがサブスクライブしているニューヨーク・タイムズでは、ほとんど速報に近い形でトップで報じられている。日本のテレビでの報道は遅いと思った。これほどの大きな災害の報道が、どうしてこれほど遅れるのだろうか。グローバルな情報に対する同時代性の感覚が弱いのかと思った。

    日本人としては、日本の地震がまず一番重要な情報であることは間違いない。しかし、地震の規模からいったら、それをはるかに超える地震があったのだ。それが、たとえ南米のベネズエラのような遠い国の地震であっても、もっとライブ感のある報道があってしかるべきではないのだろうか。

  • 紫陽花の季節

    紫陽花の季節

    6月も後半に入り、北東北も梅雨の季節になった。気温も下がりがちで、雨も降る。すでに発生した台風が2つも日本に接近しており、すでに大雨の地域もあるようだ。

    あまり天気がよくないと散歩にも行けないが、普通の曇りくらいであれば、かえって、散歩には都合がよい。日差しが強すぎると、紫外線を浴びすぎることになる。

    曇りの日に真っ青な青空が見えないのは残念だ。だが、歩いているうちに晴れてくることもある。だから、心配したり気に病んだりする必要はないのだ。

    天気の悪さもあり、散歩の歩数が少なくなっていた。今日は、朝から天気もよく、久しぶりに少し長い散歩をしようと歩きだした。

    ちょうど紫陽花の季節だから、たくさんの紫陽花を見た。

    青い紫陽花が咲いていた。

    歩いていると輝くような白い紫陽花が咲いていた。うっすらとした緑色が白に瑞々しい輝きを与えていた。

    わたしが紫陽花の美しさに気づくようになったのは、40代のころ、非常勤講師をしていた看護学校への通勤途中のことだ。梅雨の季節だった。ふと見つけた紫陽花に眼が惹かれた。そのときのエピソードは、アマゾンで出版したkindle本『空の記憶』”The Sky of Life”に収録されている。これは、空の思い出、風景の記憶などをめぐる哲学的エッセイ集である。(Kindle Unlimitedで購読可)

    空の記憶
    The Sky of Life

    久しぶりに比較的長い散歩をして帰宅すると、体調が軽くなっていた。1日の歩数は、9000歩を超えていた。

    咲き始めの白い紫陽花を眺めたりしていると、時間がゆっくりと流れていくような気がする。

    (散歩のつづきは、また明日に。)

  • 隠された花びら

    桜の季節は終わった。

    遅い春だったが、ついに桜が咲き始め、満開になり散っていった。

    遅い春と感じたのは、いつまでも肌寒い日が続いたので、日差しが戻り日が差すようになってきてからも、体感気温が低かったからである。それでも桜の開花は例年より早かったようだ。だが体感した気温の低さからは、春は遅いと感じていた。

    満開の桜は美しかった。私はいつものように、十和田市官庁街通りの桜を眺めて歩いた。多くの人出があった。穏やかな時が流れていた。とはいえ、世界を取り巻く政治経済社会状況は厳しさを増し、原油価格の高騰がいつまで続くのかといった不安もある。世界各地で続いている戦争に加え、不穏な事件や事故や災害が相次いだ。東北には大きな地震もあり、またその直後の山林火災もあった。

    わたしは散歩はしたかったが、体感気温の低い日が多く、その上風も強かったりすると、出かけそびれた。

    しかし、桜が散り始めた頃から、少しづつ散歩をするようになった。満開の桜が散り初め、若葉が見え始めた。すると、毎日、花と若葉の比率が変化していく。当然のことだが、若葉が増えていき、花は減っていく。その移り変わりの時期が、私はとても好きだ。満開の輝くような華やぐ生命の充溢よりも、一番元気な時期を少し過ぎて、落ち着きが見え始めたころ、季節の橋渡しをしている花と若葉の生きたやりとりが、生命の季節が時の流れの中にあるのだということを、如実に感じさせてくれる。

    季節は移ろう。どの季節も、その一時の季節に止まろうとはしない。どの季節も、それが過ぎゆくものであることを知っている。移ろうことこそが、季節のあり方の本質である。もはや移ろわなくなれば、それは季節ではないのだ。

    人生の季節を振り返って、四季の移ろいに思いを馳せないものはいない。人生は時の流れの中にある。それはいつだって、その時代に止まることはしない。というより、それはできないことなのである。

    「時間よ止まれ」という矢沢永吉の歌がある。もちろんそれは、人生の時間が止まらないからこそ、そう言いたくもなるのだ。

    「帰りこぬ青春」(Hier Encore/Yesterday when I was Young )という、シャルル・アズナブールの歌がある。それは痛いほどに、過ぎていった過去を振り返っている。

    ところで、今日の夕方近くになってから、散歩に出てみた。まだ日の明かるさはあったので、草花の写真を何枚も撮った。その一枚で、咲き始めている春から初夏の草花の隙間に、もうとっくに散ってしまったはずの桜の花びらが何枚か、その美しさを未だに保ったまま横たわっていた。

    この場所は、散った花びらの自然の隠れ場になっていたのだろうか。偶然そばに落ちてきただけの花びらだろう。たとえしばらくその形を留めたとしても、しばらくすれば、花びらは萎れて枯れ、地に帰ることはわかっている。それだのに、たまたま近くに落ちてきた花びらに、周囲の草花と地表の枯葉は天然の保湿を与え、暑さを凌ぐ陰をも提供した。そしてほんの短い時を共に過ごしているのである。誰にも気づかれず、静かに思い合う生命の営み。それはやはり美しい。

  • 歩いていることの自覚

    歩いていることの自覚

    わたしは歩いているとき、自分が歩いていることを自覚することがよくある。歩いている自分自身について、「わたしは今こうして歩いている」というふうに意識的に自覚をするのである。

    それは子供の頃からよくあったことだ。あるとき、通っていた小学校の近くの道を歩きながら、わたしは歩いている、そしてこれからも歩いて行く、と自覚したことを、今でも覚えている。

    実際に足で一歩一歩歩くことと人生の歩みが、とても類似していると感じるようになったのは、ある程度歳を重ねてからである。

    しかし不思議なことは、歳を重ねて人生を振り返り、過去の生活を思い起こすとき、わたしはその時々に住んでいた場所で、いつも歩いていた道を歩いてる自分の記憶が蘇ってくるのである。しかもそれは、その時々に、その場所のその道を歩いていた時に、歩いていることを自覚しながら歩いていたことをも含めて思い起こすのである。

    言い換えるなら、わたしはよく歩くタイプで、しかも歩くときに歩いていることを自覚するのが癖になっているので、人生の思い出のどの場面でも、ある道を歩いていた記憶と、その時に歩いていることを自覚していたことの記憶が、言わばセットになって一緒に回想されるのである。

    すでに子供の頃から、わたしは遥か先の人生の歩みに想いを馳せることが、よくあった。子供ながらに、これからのわたしの人生はどんなふうになるのだろうと、未知の未来に想いを馳せるのである。しかもそして、何となく人生は、子どもの自分がこうやって一歩一歩歩いているのと似たような感じで、やっぱり一歩一歩歩いて行くしかないんだろうなと、あまり子供らしくない高齢者が考えるようなことを、考えたりしていた。

    それは子供らしくないし、気持ちが覚めすぎていると言えなくもない。逆に言えば、子供らしく何かに夢中になって、我を忘れると言った、本来は子供にとって大変望ましい充実感に満ちた生の喜びを、持ちにくいタイプの子供だったように思う。 

    今時々散歩をして、路傍の草花や樹木や吹き抜ける風や抜けるような青空あるいはむせ返るような真夏の大気と入道雲にも、一種の緩やかな充実感を感じ味わうのは、おそらく、若い頃から、亡我するほどに強い充実感を持ちにくかった私が、自分なりに編み出した、緩やかで弱い充実感を感じるための工夫だったのだろうか。

    わたしはあまり強くなく、むしろ弱いとも言えるような、静かな喜びが好きなのである。静かな喜びは、何ものにも替えがたいものだと思うのである。

  • 移ろう季節の中の沈黙と語り

    移ろう季節の中の沈黙と語り

    5月に満開の桜が散った後、人通りも少なくなった桜並木を歩いていると、もうほとんど葉桜のように見える桜樹なのに、どうしてか遅れて咲いている桜の花が、一輪二輪と、太い幹の表や少し高いところの枝のなどに、とても控えめに咲いているのに、眼が止まった。

    十和田市官庁街通り 2025.5.3.

    満開の桜は好きだ。しかし、わたしの感じ方の癖なのだろうが、満開の前にフライングして咲いている一輪二輪の花や、もう満開はとっくに過ぎたのに、かなり遅れて咲く一輪二輪の桜の花の方が、むしろ魅力的に見えてしまう。

    2025.5.3.

    フライングも遅れ咲きも、どちらもタイミングが外れているので、ほとんどの人は見向きもしない。しかし、そこで咲いている小さな花は、そんなことには無頓着だ。多くの人に見てもらわなくとも、そんなことは構わないのである。誰に対しても自己を主張することなく、ただひっそりと時節を間違えて、おっちょこちょいに咲いている自分に対して、ふと眼を止めてほんの一瞬微笑んでくれる人が一人でもいてくれたら、それだけで満足なのである。

    いや、そんなことでもない。そんな人がもし一人もいなかったとしても、それでも構わないのである。

    小さな桜の花は、ひっそりとして沈黙している。自分をまったくアピールしようとしない。そんなことは眼中にない。季節が多少外れていようがいまいが、大きなことではないのだ。

    2025.5.3.

    「今、わたしは咲いている。仲間の花々がほとんど皆散ってしまったことは、少し寂しいといえば寂しい。でもわたしは、いまここで誰に迷惑を掛けずに、静かに、むしろ沈黙の中でこうして咲いている。ほんの数日の間だけれども、わたしは自分の生を十分に満喫して生きている。」

    そんな小さな桜の声が、沈黙の中から聞こえてくるような気がする葉桜の季節を、わたしはひとりで歩いていた。

    時が過ぎ桜の葉は成長していった。季節は春の終わりから初夏へと移り変わっていった。

    2025.5.10.

    饒舌な言葉が溢れている世界に少し疲れていたわたしは、季節の移ろいの中で、散っていく花や新たに咲き始める花などを見て、心を慰めていた。心中で語りだそうとする自分自身の思いを戒めて、むしろ、大空や風や樹木や草花の沈黙の語りに耳を澄ましている方がむしろよいことなのだと、思いなすことにしていた。

     

    おそらく散った花びらを隣の葉が受け止めている。2025.6.11

     

  • 雨の桜通り

    雨の桜通り

    ちょうどイースターの日曜日(4月20日)に、官庁街通りの桜は満開になった。翌月曜日にローマ教皇が亡くなった。そして、4月23日水曜日の朝、満開の桜通りは冷たい雨に濡れていた。世界の平和を願い祈りながら天に召された教皇の死をいたむかのように、この日の桜通りには、涙のような雨がしとしとと降っていた。

    4月20日
    4月21日
    4月22日
    4月23日、雨模様の桜通り

    4月20日日曜日、ミサに出る前、わたしは自宅から、春祭りの会場で開催されている園芸のコーナーの盆栽会のテントまで、ちょうど満開になっていたフジザクラの盆栽の鉢を手に持ち、歩いていった。十和田市官庁街通りは、ちょうど満開になったばかりで、車道は車の行列、両サイドの広い歩道にもかなりの人出があった。ほぼ晴れで、風もそれほど強くなかった。桜はほとんどまったく散っていなかった。

    4月20日、春祭りの盆栽市展示

    少し前からカトリックのミサにときどき出ていた私は、イースターの日もミサに行った。会堂は美しい花でかざられていた。いつもより多くの人が会堂の来ていた。神父の説教は日本語と英語とタガログ語でなされた。愛餐会に誘われて、信徒の皆さんと、ひととき楽しい時を過ごした。

    4月20日、イースターミサ、十和田カトリック教会会堂

    カトリック教会から南に少し歩いて、市の公民館まで行った。そこで十和田短歌会の4月例会に参加した。3月に一度お邪魔し、4月から参加させいただくことになっていた。2007年2月に船橋市で亡くなった母が、四半世紀にわたり参加し社友でもあった短歌結社「潮音」に、母を引き継ぐ意思をもって参加させていただき、その後数年間所属していた。仕事が忙しくなって、「潮音」を辞めさせていただいてから、十数年間短歌を読むことはなかった。

    4月20日、短歌会で頂く

    それが知人に誘われて、3月に一度短歌会を覗かせていただいていた。短歌をやめたことは残念な想いがずっとあったこともあり、少し考えたのち、参加させていただきたいとお願いした。それで、少し急であったが、4月の例会からは会員として参加させたいただくことになった。久しぶりに、にわか仕立てで読んでみた歌は、満足のいく出来ではなかった。しかし、それをN先生から書き直していただくと、それは見違えるような歌に変貌した。

    遅き春朝の光に温もりて言の葉記す八戸の街(筆者)

    指折りて春の言の葉さがす朝八戸の街にも遅き春来る(先生)

    どうみても、わたしの歌は凡作で、先生のはたいへん素晴らしい。妻に後で読んでもらうと、先生の歌の素晴らしさに感動していた。同じ文字数でこれほど違うのだと、わたしもたいへん驚いた。

    短歌会が終わった後で、もう一度桜祭りの会場の盆栽会のコーナーにいくと、すでに二日間の日程を終えて、後片付けいをしていた。今年も、即売もされていた盆栽や鉢をいくつか分けていただいた。

    その後しばらくの間、桜はあまり散らなかった。そして、ほぼ満開に近い見頃のままの状態が何日か続いた。例年より冷たい風が、いつまでも吹いていたことが、桜の花を長持ちさせたのか、それとも、昨年と比べるとかなりの剪定と手入れをした桜の樹々が元気を取り戻したのか、いずれにしても見事な桜をしばらくの間楽しむことができた。

    ちょうどこの時期に、フランシスコ教皇が亡くなったことで、カトリック信徒ではない私でも強いショックを受けた。そして気持ちが沈んだ。世界のプロテスタント教会は、その多様性のゆえに、かえって多少普遍的な思想から離れたりしてはいないか心配になるケースもある。ところが、カトリックはフランシスコ教皇の発言からも窺えたように、かなり高い水準の普遍性を維持しているように感じられる。もしかしたら、同じような感想を持っている方もいるかもしれない。

    十和田市は4月に入ってからも、夜は寒い日が多かった。日中もあまり暖かくない日も多く、毎日散歩をするというわけにも行かなかった。本当に春めく日というのが少ないのが、今年の春の特徴である。それがメンタル面でも、多層明るさと笑顔を奪ってしまっていたかもしれない。国際関係や経済も不安定さを増し、気象までもが必ずしも明るさをもたらしてくれはしない状態のまま、いつの間にか月末になり、ゴールデンウィークに入り、カレンダーも5月になった。

    桜の花がとても美しかったのだけれども、どことなく元気がでないのは、戦争や災害や国際的な軋轢が、多くの人々の日常生活にも暗い影を落としているからではないだろうか。

    知人からいただいたヒメリンゴとすみれが咲いた。寒い冬を越えて咲く花に慰めを見ている。

  • 細やかな視点

    細やかな視点

     しばらく前に、NHKのニュースの中でのインタビューであったと思うが、倉本聰さんが、新作映画について語りつつ、現代人の美意識についてあるいは美に対する感受性について話をされていた。倉本さんのお話しは、私なりに纏めると、現代人は美を感じる力が落ちてきているといった内容であったと記憶している。それには、まったく同感だった。

     美しいものの美しさは、もちろん作品の売買される価格で決まるものではない。たとえば、唐突ではあるが、同じ映画のジャンルで言えば、若いときに観た「ブラザー・サン シスター・ムーン」を思い出す。フランチェスコがすべての私財を捨てて、何も持たずにただ自然を愛し弱いものに仕えて生きることを決意する。そのとき、彼と彼に従った者たちには、すべての大自然の限りない美しさが見えていた。

     そこまで大げさな決断とまではいかなくても、それまでずっとこだわって来たものが、ある時、スーッと抜けていったりすることがあるものだ。そんな時、それまでとは少しも変わらない同じ暮らしをしているのに、毎日見ているものすべてが、これまで経験したことないような生き生きした風景に見え始めてくる。そして、何でもないささやかなものまでが、どれもみな、とても美しく愛おしいものに見えてくる。

     何気ない風景や佇まいに「美」を見るということは、本当は、そんなふうにして可能になってくるのではないだろうか。画家が何気ない風景を本当に美しく描けるのは、画家の眼が、そんなふうに、肩の力を抜いた眼で一切を観ているからなのだと思う。それは何かを捨てたからこそ、見え始めた美しさなのだ。

     なんでもないものの美しさに気づき、それにハッとさせられて見入ることができるのは、肩の力が抜けた時だと思う。そしてそれはまた、肩の力が抜けたときこころの中に生まれてくる、柔らかな思いにもつながる。そういった時には、ものを見ているときの心持ちにも変化が起こっていて、気づかぬうちに、自分の眼が「細やかな視点」を持ち始めているものだ。「細やかな視点」というのは、「細かいことにこだわった視点」という意味ではない。そうではなく、見ているものを、ザックリと簡単な言葉でラベル付けてして片づけたりしてしまわず、むしろ何かを見ているうちに、こころの中に静かにゆっくりと、まるで詩人のように、自分自身の言葉が自然と紡ぎ出されて来るような、心持ちの「細やかさ」のことである。(逆に言えば、レディメイドの誰かららの受け売りでしかない言葉など、使わないのである。)

     なんでもないものが、それが生きものであっても、また必ずしも生きものではなくても、とても愛おしく親しみをもったものとして感じられる。悠久の時間と無限に広がる宇宙の中で、あっという間に過ぎ去って行く、この限られた人生の時間の中で、偶然に出会ったものたち同士なのだ。だからこそ、その一つ一つの出会いそのものが、無限に愛おしく美しいのである。

  • 去り行く季節

    去り行く季節

     1日が終わろうとするのを、誰も止めることはできない。沈み行く西日がわずかに射していた十和田市民図書館脇の歩道は、間もなく暮れて行こうとしていた。

    2024.9.9. 16:56.

     同様に季節が過ぎ去って行くのを、誰も押し止めることはできない。歩道の花壇に植えられた夏の草花にも、少しずつ枯れ始めた花が混じるようになってきた。枯れた花はたいてい人からは顧みられない。しかしよく注意してみると、花の一生が次第に終わって行くあり様は、どこか人の一生にも似て、枯れて行くものの美学を垣間見るような気がする。

    2024.9.9. 16.49.

     太陽が沈んで日が暮れても、世界が終わったりはしない。むしろ夕闇の涼やかさの中に静かな休息の時が訪れる。夜の暗さは必ずしも不安を呼び起こすことはない。こころを静めて耳を澄ませば、無数の秋の虫たちが鳴き始める。

     ところで、わたしはペリー・コモ Perry Como の歌うAnd I love you so が好きだ。しかし、その歌詞には少しだけ頷けない部分がある。

     And yes, I know how lonely life can be.

     The shadows follow me and the night won’t set me free.

     But I don’t let the evening get me down.

     Now that you are around me.

    というところである。

     これを解釈すると、わたしは人生がどんなに孤独か知っている、そして、夜の翳りはわたしを孤独から解き放つことなくむしろ辛さが増してしまうが、あなたが側にいてくれるようになったので、もう夕暮れになっても辛くはない、といったような意味になるだろう。

     この歌が人生の孤独の辛さがどれほど苦しいかを表現していることに、わたしは深い共感を覚える。しかし、その孤独を夜の闇と重ね合わせることには、必ずしも同意しない。

     というのは、ここでは具体的な人間が「あなた」として存在することが、唯一の癒しの源泉になっていて、対極的に「あなた」のいない夜の闇は辛さをもたらすものとして、否定的にのみ捉えられているように見える。

     しかし、人間が自然の中で生かされているという事実に鑑みれば、夜の静けさと涼やかさには、むしろ人間を取り巻く自然の生命的な脈動あるいは鼓動が潜んでいる、とさえ言える。そういった自然のもつ生命的な脈動や鼓動に気づき、静かに共鳴していくときにこそ、他の人間である「あなた」との出会いもまた、本来的な深さの次元を持ちうるのではないだろうか。つまり、人との出会いは、自然との出会いを背景として持っているのではないかと思えるのである。

     静まり返った夜に聴く秋の虫の声や風の囁きの中にこそ、むしろ静かな自然との本来的な出会いがあるのではないかと思える時がある。そしてそのとき、もし側に誰かがいれば、その出会いは永遠の出会いになっていくかもしれないのである。

  • 夏の余韻

    夏の余韻

     北東北の夏が終わろうとしている。昨日から夜がとても涼しくなった。朝晩が涼しくなったので、すでに猛暑の面影は失せた。 

     涼しくなると夏の疲労が出てくる。散歩しやすい時節になったが、しばらくは休息が必要だ。無理に散歩はせず、短いサイクリングをすることにした。 秋晴れのもと、ゆっくりサイクリングをするのは爽快だ。十和田市街はほぼまったく平坦なので、サイクリングにはもってこいの地形だ。午後の風は夏の火照りを失い、むしろ心地よく頬を撫でた。

     今日は写真を撮らなかった。しかしわたしの脳裏には、去って行く夏の余韻がリフレインのように残っている。

    2024.6.7.
    2024.6.16
    2024.6.16.
    2024.6.17.
    2024.6.17.
    2024.7.2.
    2024.7.6.
    2024.7.11.
    2024.7.14.
    2024.7.18.
    2024.7.31.
    2024.8.6.
    2024.8.6.
    2024.8.10.
    2024.8.11.
    2024.8.11.
    2024.8.15.
    2024.8.15.
    2024.8.16.
    2024.8.17
    2024.8.21.
    2024.8.23.
    2024.8.23.
    2024.8.28.
    2024.9.2.

     暑かった夏の終わりが近づいたころから、秋を待ちきれない樹々の梢がもみじし始めた。

     これから秋が深まれば、街には枯葉とそして別れを歌うジャジーな曲が流れ始める。